研究トピックス
2024.05.27

精油の役割と在処について

HRCでは、植物や心・からだ・肌にまつわるホリスティックな力を日々探究しています。今回は、精油の植物における役割と在処に関する基礎情報を紹介します。

  • 精油の役割と在処について

    精油の役割

    「精油」は植物から採れる芳香物質です。動物と違い自由に動けない植物は、様々な生存戦略を持っています。子孫を残す、天敵を追い払う、身を守る、仲間に危険を知らせるなど、私たちが物理的に行っている行動を植物は化学物質を駆使して行います。例えば紫外線から身を守るために色素をつくり、動物に食べられないように苦み成分を溜め込み、病気にならないために抗菌物質を放出します。このように様々な方法が知られていますが、中でも揮発性の油を放出することは、離れた場所にも作用できる特に有用な手段です。私たち人間はこれを「香り」として認識し、その実態である油を「精油」として利用しています1)

    精油の役割は植物種や合成・貯蔵される部位によって異なります。例えば多くの花が子孫を残すために香りを放ちますが、蛾に花粉を媒介されるものは夜間に、蜂に媒介されるものは昼間に強く香るというように、媒介する相手に合わせて香りの出し方を変えています2)。また、トマトの葉が食害を受けると青葉アルコールと呼ばれる青臭い成分を放出し、仲間が受け取ることで防御力が高くなることが報告されています3)。さらに、リママメという豆の葉がナミハダニという虫に食べられると、β-オシメンやリナロールなどの香気成分を発することでさらにその天敵であるチリカブリダニを呼び寄せることも知られています4)。このように、植物同士のコミュニケーションや天敵を撃退するユニークな手段としても香りは役立ちます。

  • 精油の在処

    では、精油は植物の中でどのように存在しているのでしょうか。その在り方も植物や器官により様々です。光学顕微鏡を使って拡大して観てみましょう。

    図1はローズゼラニウムというハーブの葉表面を拡大した写真です。中央の小さな玉とその下の柄のような部分は合わせて「腺毛」や「腺鱗」と呼ばれ、葉の表面から外側に突き出 ています5)。精油は玉の部分に溜め込まれ、手で触ると玉が壊れてその匂いが移ります。

    これに対してティーツリーの葉の表面に腺鱗は見当たりませんが、光を透過させると細かい「油点(油胞)」が透けて見えます(図2)。葉を切って断面を拡大すると、精油を溜め込んだ油胞が葉の内側にあることが観察できます(図3)。レモンやベルガモットなど、柑橘類の果実に存在する精油も皮の内部の油胞の中に存在します。

    このように丸い形をとって存在するものが多い一方で、形は作らずに細胞の間や複数の細胞が繋がっているところで観察できる精油もあります5), 6)。例えばベチバーは根から精油がとれる植物ですが、乾燥した根の断面を観察すると、細胞の間や隙間(図4で淡い黄色に光っている部分)に精油が少しずつ存在している様子が見えます。

    これらの腺鱗や油胞は非常に小さいため肉眼では観察が難しいですが、拡大して観察してみると美しく神秘的な世界が広がっています。小さな精油の粒たちはそれぞれの場所で植物にとって欠かせない存在として輝いています。

    ※図1~4は理化学研究所環境資源科学研究センターにて撮影

    精油の役割と在処について

    図1. ローズゼラニウムの葉表面

    精油の役割と在処について

    図2. ティーツリーの葉表面

    精油の役割と在処について

    図3. ティーツリーの葉断面

    (UV照射による蛍光観察像)

     

    精油の役割と在処について

    図4. ベチバーの根断面

    (UV照射による蛍光観察像)

     

参考文献

1) 黒柳正典、築地書館、「人の暮らしを変えた植物の化学戦略」、2020年
2) 大久保・渡辺、植物の成長調節、2004年39巻1号p. 85-96
3) 松井・望月、化学と生物、2018年56巻2号p. 95-103
4) 高林ら、植物の生長調節、2002年37巻2号p. 166-177
5) 原襄、朝倉書店、「植物形態学」、1994年
6) R. Crang et al., Springer Nature Switzerland AG, “Plant Anatomy”, 2018