参考文献
- 1) 三上章允、講談社、「はじめての『脳科学』入門」、2022
- 2) 兒玉隆之、感性工学、2020
- 3) Kato et al., PNAS, 2022
- 4) 石田浩司、講談社、「呼吸の化学 いのちを支える驚きのメカニズム」、2021
- 5) 榊原雅人、生理心理学と精神生理学、2022
- 6) Grossman, Psychophysiology, 1983
- 7) Masaoka, J Physiol, 2005
香りは私たちの生活のさまざまなシーンに寄り添い、日常の場面を彩ります。花や木、食べ物などの香りは空気中に放たれ、呼吸とともに私たちの心とからだに働きかけます。息を吸い込むと香り成分が鼻の奥の受容体で受け止められ、嗅神経を通して脳の様々な部位に電気信号として伝わります。たとえば好き嫌いなどの感情を処理する偏桃体や、記憶を司る海馬などが挙げられます。また、香りは五感の中で唯一、視床という部位を介さずに伝わるため、非常に速く脳で処理されます。1)2)実際に、脳で香りが知覚されるまでにかかる時間は0.1秒という報告があります。3)
私たちが生きるためには呼吸をしてからだに酸素を取り込む必要があります。これにより体内ではあらゆる活動のエネルギーを作り出しています。また、深い呼吸やゆっくりと息を吐くことで心を落ち着かせるような呼吸法も知られています。この場合の呼吸の役割は心理的なリラックス効果、つまり交感神経と副交感神経で構成される自律神経のうち副交感神経の働きを優位にすることです。ゆっくり呼吸をすることで心拍も遅くなり、気持ちが落ち着きます。4)5)6)
香りを感じることは呼吸をすることと深く関係しています。特に、精神状態を落ち着かせたいときなどに香りや呼吸は役立つと言われています。
精油を用いたアロマセラピーや緊張する場面での深呼吸など、それぞれの効果は身をもって実感している人も多いかもしれません。しかしこれだけでなく、香りの感じ方によって呼吸が変化することもわかってきています。
私たちが香りを嗅いで心地よいと感じるとき、脳の大脳辺縁系では香り情報が処理されています。2)そのすぐ近くには延髄という生命活動を司る場所があり、呼吸中枢もここにあります。脳で処理された情報はここで呼吸の信号になります。1)感情により変化する呼吸は「情動呼吸」と呼ばれており、心地よいと感じる香りを嗅ぐと呼吸が深くなったという研究報告もあります。7)心地よい香りに包まれながら深呼吸すると、心が落ち着き、安らぎを得られるのではないでしょうか。
みなさんも自分にとって心地良い香りを見つけて深くゆっくりとした呼吸を取り入れてみてください。