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株式会社 緑門
「もったいない」を「ありがとう」に、茶の実から始まる茶産業改革。
ー必要ないとされていた茶の実に与えた新しい価値ーVol.1
私たちが日頃親しんでいるお茶。その茶の木にできる”茶の実”について、知っている人はあまり多くないかも知れません。それもそのはず、茶の実は美味しい茶葉を作るためには必要とされないことから、茶業者の間でも使用されず、一般の人の目に触れることはなかったのだそう。株式会社緑門の下山田力さんは、そんな無価値とされてきたもののポテンシャルに目を向け、耕作放棄地を使って栽培を広げています。このコラムでは全四回に渡り、茶の実や緑門の活動についてご紹介します。今回はそもそも茶の実とはどんなものなのか、秘めたるその可能性について詳しくお聞きしました。
株式会社緑門 代表取締役
茶の実の栽培から茶の実油の製造、ジェノベーゼなどの商品開発までを手掛ける株式会社緑門を創業。これまで茶産業で取り上げられることのなかった茶の実に着目し、耕作放棄地を再利用した栽培を全国で広げながら茶の実油づくりを普及している。また各地で生産に取組む有志と日本茶の実油協会を立ち上げ、茶の実の品質向上と市場の創出および、全国で茶の実油の生産者人口を増やす為に活動する。
下山田さんは茶の実栽培、茶の実油づくりに取り組んでいらっしゃいます。まず、茶の実とはどんなものなのか教えてください。
茶の実とは、飲料用のお茶の茶葉を収穫する茶の木にできる種子のことです。あまり知られていませんが、茶葉を栽培する場合茶の木は新芽を摘んだ後、刈り取ってしまうため花を咲かせるまで至らず種子はできません。でもそのまま刈り取らなければ、他の草木と同じように花を咲かせ種子を作ります。僕たちは、茶葉として葉を収穫することをせずに茶の実油を抽出する為に茶の実を栽培しているんです。
茶の実が栽培されてきた歴史はこれまでにはなかったのですか。
昔は実生といって茶の実を土に植えて茶の木を栽培し、茶畑を作っていました。茶どころでは、子供たちが小遣い稼ぎとして茶の実集めを手伝う風習もあったそうです。今は品質の個体差を均一化して量産するため、枝を土に挿して同じ性質を持つ苗を育てる「挿し木」という栽培方法が取り入れられています。その結果、茶の実は必要のないものになってしまったんです。
茶畑に茶の実があった頃は、茶葉を採るための茶畑つくり以外の用途で活用されることはあったのでしょうか。
日本が高度成長期に入る前の70〜80年前、まだ資源が枯渇していて油が足りない時に、一部の茶どころで茶の実から油を抽出することがあったそうです。ただ茶の木は主に茶どころでしか栽培されていないので、産業として茶の実油が全国的に広まることはありませんでした。中国では古くから茶の実や椿、サザンカから抽出した油を髪の毛や体につけて保湿していたという言い伝えがあるということを茶どころの方々から聞きました。ただ、椿の方が油の量が多く取れることや、茶の木は飲用の茶葉が美味しいことから用途が分けられるようになったのだと思います。茶の実の歴史については、椿油やサザンカ油と区別を付けずに使われてきたこともあって、未だに解明されていない部分が多いんです。
茶の実油にはどんな特徴がありますか?
茶の実油は今まで注目されていなかったので、まだまだ未知な部分がたくさんあります。成分の構成的には椿油とよく似ていますがビタミンEを多く配合し、テクスチャーは比較的さらっとしていて肌馴染みがとても良いです。椿油のように肌荒れやアトピーへの効果も期待されていて、研究が進められています。他の草木と同じように茶の木にも多品種あり、その数は何百種類とも言われているんです。日本で多く栽培されているものは20〜30種類で茶葉の種類によってお茶の味も変わりますし、油にも違いがあると考えられていますが、これまで茶の実を種類ごとに特定して研究されることはありませんでした。僕たちはTHREE ホリスティック リサーチセンターの皆さんと一緒に、茶の実にフォーカスした取り組みをする上で、ある程度品種が特定されている茶の木の畑を持つ農家の方々にご協力いただき、品種別に収穫をして解明していきたいと思っています。
茶産業の中で茶の実についての研究をしている唯一の会社だと思いますが、現在は茶農家と協力して茶の実を栽培していらっしゃいます。何かハードルはありましたか。
茶の実の栽培は、今までの茶産業とは逆行した取り組みになります。先ほどの話にもありましたが美味しいお茶を作るためには新芽を摘んだ後に「刈り落とし」という作業が必要です。でも、茶の実を作る為にはその作業をせず、茶の花の芽(蕾)を残した状態にして茶の木に花を咲かせなくてはいけません。そうして茶の木を育て続けていくと、大きな果樹のような外観になります。ただ、そうすると耕作放棄地を活用していても、管理されていないと見られてしまうんです。日本の美しい景観として重宝される茶畑の一角で茶の実を育てることは、茶産業としては様々なマイナスイメージに繋がるとされはじめはあまり歓迎されませんでした。
なるほど。茶産業に受け入れてもらうことは、茶の実の性質上なかなか難しいことなのですね。また下山田さんは農薬不使用・化学肥料不使用栽培を採用しておりますが、そういった面では苦労された点はありましたか。
私たちが大切にしている農薬不使用・化学肥料不使用栽培も他の茶畑とは相性が良くありません。茶の実を栽培している茶畑では農薬を使っていなくても、隣の茶畑で使用していたら雨や風により農薬が流れ込んできてしまうんです。逆に無農薬だと虫が茶畑に多く生息するので、農薬を使っている隣の茶畑にもその影響が出ることもあります。どうにかこの問題を解決しようと、他の茶農家の茶畑から離れた寒暖差のある山間地で茶の実を栽培しようと考えました。しかし、そこまで行く手間や作業の大変さも考えると多くの課題があります。今までの茶産業とは相反する農法で栽培しているので、茶の実を栽培し始めた当時は多くの壁にぶつかりましたね。
茶の実の栽培を始めた当初から、多くの障害があったのですね。どう乗り越えてきたのでしょうか。
茶産業も変化していて、新しい取り組みをどんどん取り入れようとする流れが生まれています。その理由の一つに、世代交代があると思います。茶農家に生まれ、異なる職種に従事していた人が実家に帰って家業を継ぐようなことも多くあり、茶畑や耕作放棄地を利用して何かを始めようとする人も増えてきました。私が茶の実を栽培し始めた11年前より認知度も高くなってきて、茶の実に興味を持った茶農家たちからもご連絡をいただくようにもなりました。今では、若い世代の茶農家の方々を中心に茶の実栽培に携わっていただいています。茶産業に近いようで新しい茶の実との出会いによって、これまでとは違う茶産業との関わり方をする茶農家の方々も増えていると思います。
これから茶の実栽培を通して茶産業と関わる上でどのような課題がありますか?
茶産業において少しずつ茶の実栽培へのイメージは変わってきているように感じます。現在は、全国の多くの茶農家の方々と連携して栽培をしています。茶の実を収穫して頂いている農家の皆さんの茶畑も合わせたら約20ヘクタール程の面積になりますね。私たちは、良質な茶の実油を安定的に量産していきたいと考えています。そのためには、作物にある表裏(茶の実が沢山取れる年と取れない年)を補完することや、例え何か災害などの不測の出来事が起きたとしても常に供給できるようなサイクルを作ることで、いつでも高品質な茶の実を生産することが必要です。それには、全国の茶農家の方々や栽培を担っていただける地域の方々に協力していただくことが重要なのです。どこかの地域で収穫ができなくても、他の地域では収穫できる体制を整えていこうとしています。また栽培に携わっていただいてる方には、地域で活躍している方も多くご自身で茶の実を使って地域で商売をしたいと考えている方もいます。そういう側面からも茶産業を盛り上げていきたいですね。
edit&interview 平井莉生(FIUME Inc.)、text 庄司楓(FIUME Inc.)
photo LSスタジオ