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植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.3
コラム
2025.11.20

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く
ーブクリョウが整えるからだの水の巡りーVol.3

現代社会を生きる私たちは、慌ただしい生活の中でたくさんのストレスに晒されています。目まぐるしく変化する生活の中で無意識のうちに疲れが蓄積し、心やからだのバランスが乱れてしまうことも。
特に都市型生活者(※)を取り巻く環境や不調について東洋医学の視点から紐解きながら、植物がもたらす新たな可能性を探っていきます。Vol.1からVol.3では城西大学薬学部 生薬学研究室の先生方のご協力のもと、植物の歴史的な利用法から現代における活用方法まで、学術的な知見を交えてご紹介します。
Vol.1、2では気(き)、血(けつ)を中心に触れてきましたが、Vol.3では水(すい)による不調と現代の都市型生活者が抱える悩みをキーワードに、横川先生、騎馬さんに教えていただきます。

(※) 都市型生活者
ここでは高度に産業化した社会で生きている現代人を指す。

横川 貴美(よこがわ たかみ)
Profile 横川 貴美(よこがわ たかみ)

城西大学薬学部助教。
専門は伝統医学(漢方・アーユルヴェーダ)、薬用植物学、生薬学。特に、アーユルヴェーダ薬物の作用機構の解明に取り組み、治療効果の科学的根拠を探求している。また、薬用植物の成分分析や機能性評価、栽培研究などに取り組むほか、薬用植物の普及啓発にも力を注いでいる。

騎馬 由佳(きば ゆか)
Profile 騎馬 由佳(きば ゆか)

城西大学大学院 薬学研究科 薬学専攻 博士課程在籍。
生薬や漢方薬の効果を分子生物学的観点から研究。現在は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染・増殖・重症化における生薬の作用メカニズムを探究している。伝統医薬の現代的な意義と活用を目指し、漢方の有用性を科学的に明らかにする研究に取り組む。

水の滞りによる不調

気血水とは、東洋医学においてからだを構成する基本的な三要素です。気は、生命活動を支えるエネルギーであり、血は、現代でいう血液に近い概念です。そして水は血以外の液体のことを指し、組織液やリンパ液、分泌液のほか、唾液、胃液、涙、汗、尿なども水に相当します。水の主な作用は体表から体内の深部まで潤いを与えることです。私たちのからだの中では気、血、水が巡っており、滞るとからだに不調が現れると考えられています。水の滞り(水滞:すいたい)は頻尿や食欲不振、下痢、頭痛、水様の鼻水など様々な症状を引き起こします。この水滞によって生じる不調のひとつに、多くの現代人を悩ませる「むくみ」があります。

「気・血・水」についてはこちら
植物の力を東洋医学的な観点から紐解くーVol.1

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.3

季節・環境・生活習慣から考える水の滞り

秋の空気は、朝晩は少しずつひんやりとする一方、日中は陽射しが暖かく、昼夜の寒暖差が大きくなります。さらに季節が進んだ冬は、北西の冷たい風が吹きます。このような秋冬を、東洋医学では寒邪(かんじゃ)や風邪(ふうじゃ)の影響を受けやすい季節と捉えられます。寒邪は寒さ、風邪は風が身体に入り込むことで不調をもたらします。これらは湿を伴って体内へ侵入することが多く、水滞を招き、むくみを引き起こすと考えられます。さらに日本は海に囲まれた島国であり、湿度が高くなりやすい環境です。湿邪に侵されると、からだが重い・だるいといった沈重感を伴うむくみの症状が現れます。また湿邪は体内に定着しやすく、いったん取り込まれると排除しにくい性質があります。加えて、現代人の生活習慣もむくみを助長する要因となっています。例えば、長時間のデスクワークや立ち仕事、運動不足、さらには冷えやストレスといった要素は血流や水分代謝を滞らせ、むくみを悪化させやすいのです。その結果、脚の重だるさや全身の倦怠感が続くだけでなく、見た目の変化に伴うストレスや気分の落ち込みにもつながり、心身の不調を招くことも少なくありません。

下肢の疲れやむくみに関するアンケート調査によると、働く女性の9割の方がむくみを感じていると回答していることが報告されています。さらに他のアンケート調査では、約8割の方が足のむくみを経験し、そのうちの約8割は秋冬に特に強く自覚していることが報告されています。こうした結果からも季節や環境が人々の体調に大きく影響していることが伺えます。

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.3

水の滞りに効く漢方薬

このようなむくみに対して、五苓散(ごれいさん)や防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)などの漢方薬が用いられます。五苓散にはブクリョウ(茯苓、マツホドの菌核)やチョレイ(猪苓、チョレイマイタケの菌核)、タクシャ(沢瀉、サジオモダカの塊茎)などのからだの水を調整する生薬が含まれています。諸説ありますが、特にブクリョウは処方の中心的な役割を担う生薬である「君薬(くんやく)」とされています。ブクリョウは五苓散のほかに桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)や苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)をはじめとする様々な漢方薬に配剤され、水の不調による症状を改善する働きをもちます。また、中国最古の薬物書『神農本草経』ではブクリョウは上品(無毒で、命を養い、不老長生を願うものは用いる薬とされる)に分類され、利水作用に加えて、安神(精神安定)の作用があるとされています。このように、ブクリョウは水の巡りを改善するとともに心身を安定させる働きをもち、古くから幅広い症状の改善に活用されてきました。

古来の知恵で健やかな日々を

季節の移ろいとともに、私たちのからだもまた微妙に変化しています。朝晩の気温差や湿度、食の変化、そして心の動き。それらすべてが、知らず知らずのうちに私たちの気血水に影響を及ぼしています。東洋医学の「未病」という考え方は、気血水の調和を保ち、病気を未然に防ぐ知恵です。古くから人々は、この未病の段階でからだを“治す”のではなく、“整える”ことで健やかさを保ってきました。また、季節の移ろいで変化する私たちのちょっとしたからだの不調を“治す”のではなく“整える”ことは、日々を健やかに過ごすヒントになるかもしれません。
さらに、気血水のどれかひとつに異常があるとほかの2つにも影響します。例えば今回取り上げたむくみは水滞が原因とされますが、水の不調は気、血の不調にもつながるのです。そのため、むくみに対して今回紹介したブクリョウだけでなく、血の流れを改善する入浴や温かい飲み物、気の巡りを改善するアロマオイルの使用など、気血水のアプローチで整えることが大切です。
時代や環境の変化のなかで忙しく過ごす私たちにとって、季節の移ろいに合わせて自分の体調に耳を傾け、自然のリズムに寄り添ったケアを取り入れることが求められています。東洋医学や古くからの暮らしの知恵の中には、現代人特有の不調を支えるヒントが今も息づいています。

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.3
持続可能な社会へのヒントを学ぶ「茯苓(ブクリョウ)」

左上:マツホドの子実体
左下:採取したマツホドの菌核(ブクリョウの原料)
右 :茯苓突きの様子

Tips 持続可能な社会へのヒントを学ぶ「茯苓(ブクリョウ)」

江戸時代には丹波や佐渡で採取されていたブクリョウ(茯苓)ですが、現在では日本国内での自給率は1%にも満たず、その大半を中国からの輸入に依存しています。独特の採取法「茯苓突き」は、培われた経験を必要とし、かつ重労働であるため、この技術を継承する人は時代とともに減少し、現在ではほとんど失われつつあります。
現在、城西大学 生薬学研究室では、ブクリョウの国内栽培を目指し、フィールドワークによる茯苓突きの実施や、遺伝子解析、子実体(キノコの本体で胞子を形成する部位)の形成について研究を行っており、薬用資源を持続的に利用していくための大切な一歩となっています。

 

通常、ブクリョウは外層を除いた菌核を薬用として用いますが、その外層「茯苓皮」も古来より薬効を有すると伝えられています。中国明代の本草書『本草綱目』では、茯苓皮は「水腫や皮膚のむくみを改善する」と記され、後漢の名医、華佗(かだ)が編纂したとされる『華氏中蔵経』では、五皮飲に配合され、皮水証(皮膚や皮下に水がたまってむくんでいる症状)の改善に用いられたことが述べられています。

 

このように輸入に依存している植物の国内栽培への挑戦や、一見すると利用価値が乏しい部分の有効活用は、現代の持続可能な社会づくりにもつながっています。

photo 植田翔、他

参考文献

・須藤ら, 勤労女性における下肢のむくみと疲労に関する研究-アンケート調査および心理計測から-, 日本女性心身医学会雑誌, 15(1), 175-182, (2010).
・株式会社フジ医療器, 第5回 足のむくみに関する調査 結果発表! https://www.fujiiryoki.co.jp/files/_file/newsrelease/news/241128_01.pdf
・Kitamura, M. et al. Fruit body formation and intra-species DNA polymorphism in Japanese Wolfiporia cocos strains. Journal of Natural Medicines, 76(3), 675-679 (2022).