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植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.1
コラム
2025.08.20

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く
―寒暖差による冷えや不調に対して生薬の知恵をヒントに―Vol.1

現代社会を生きる私たちは、慌ただしい生活の中でたくさんのストレスに晒されています。目まぐるしく変化する生活の中で無意識のうちに疲れが蓄積し、心やからだのバランスが乱れてしまうことも。
特に都市型生活者(※)を取り巻く環境や不調について、東洋医学の視点から紐解きながら、植物がもたらす新たな可能性を探っていきます。植物の様々な使われ方を知ることで、精油や植物由来成分などの植物がもつ力を理解する手掛かりを得られるかもしれません。Vol.1からVol.3では城西大学薬学部 生薬学研究室の先生方のご協力のもと、植物の歴史的な利用法から現代における活用方法まで、学術的な知見を交えてご紹介します。
Vol.1では「寒暖差による冷えや不調」をキーワードに、横川先生、騎馬さんに教えていただきます。

(※) 都市型生活者
ここでは高度に産業化した社会で生きている現代人を指す。

横川 貴美(よこがわ たかみ)
Profile 横川 貴美(よこがわ たかみ)
城西大学薬学部助教

専門は伝統医学(漢方・アーユルヴェーダ)、薬用植物学、生薬学。特に、アーユルヴェーダ薬物の作用機構の解明に取り組み、治療効果の科学的根拠を探求している。また、薬用植物の成分分析や機能性評価、栽培研究などに取り組むほか、薬用植物の普及啓発にも力を注いでいる。

騎馬 由佳(きば ゆか)
Profile 騎馬 由佳(きば ゆか)
城西大学大学院 薬学研究科 薬学専攻 博士課程在籍

生薬や漢方薬の効果を分子生物学的観点から研究。現在は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染・増殖・重症化における生薬の作用メカニズムを探究している。伝統医薬の現代的な意義と活用を目指し、漢方の有用性を科学的に明らかにする研究に取り組む。

気候変動がもたらす体への影響

近年、猛暑日(最高気温35℃以上)や熱帯夜(最低気温25℃以上)が増加し、特に都市部ではヒートアイランド現象の影響もあり、夏の暑さがより一層厳しくなっています。気象庁によると、東京の猛暑日の日数は、1995年は13日だったのに対し、2024年は20日を記録しています。また、熱帯夜の日数も1995年は38日に対し、2024年は47日と増加しています。(※)このような暑い日にはオフィスや商業施設、交通機関などで冷房が強く効いていることも多く、屋外と室内の温度差のある期間は徐々に長期化・常態化してきています。こうした環境の中で生活する私たちは、季節を問わず「寒暖差疲労」や「冷え」を感じる機会が増えています。

(※)参考 気象庁の気候変動ポータルより
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr/himr_tminGE25.html
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr/himr_tmaxGE35.html

夏場、冷房のきいた電車やオフィスと暑い屋外を行き来するだけで、体がだるくなったり、手足が冷たく感じたりした経験はありませんか?このような急激な温度差は、自律神経の働きを乱しやすく、「なんとなく冷える」「手足が冷たい」「肌の調子がいまひとつ」といった“未病”の状態につながりやすくなります。“未病”とは東洋医学の概念で、明確な病気ではないものの、放っておくと病に進行する可能性がある、いわば体からの注意サインです。東洋医学では、こうした冷えや体調の変化を「気・血・水(き・けつ・すい)」という三つの要素のバランスの乱れとして捉え、体質や不調の傾向を理解する手がかりとしています。

「気・血・水(き・けつ・すい)」とは

気血水とは、東洋医学において体を構成する基本的な三要素です。
気は、生命活動を支えるエネルギーであり、体を温めたり、血や水を巡らせたりするほか、外からの冷え(寒邪)や風邪などの“邪”から体を守る働きも担っています。血は、現代でいう血液に近い概念で、全身に栄養と潤いを届け、精神の安定や肌の健康にも深く関わります。そして水は、リンパ液や汗、唾液などの体液にあたり、体の潤いを保ち、代謝や老廃物の排出を助けています。これら三つの要素がバランスよく巡ることで、私たちの健康を支えています。

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.1

寒暖差による気血水の乱れのサイン

東洋医学では、自然界には「風、寒、暑、湿、燥、熱」の6種類の大気(六気)が存在し、私たちの体は常にこれらの影響を受けながら生活していると考えられます。通常、この六気は身体に悪影響を及ぼすことはありませんが、寒暖差が激しいなどの異常な状態になったり、体が弱って適応能力が低下していると、これらが「外邪(がいじゃ)」となって体調を崩す原因になります。例えば寒邪(かんじゃ)は寒さから生じる害で、気を損なわせ、血の巡りを悪くします。一方、暑邪(しょじゃ)は強い暑さが引き起こす害で、気や水を消耗させます。このように、寒暖差のある環境を繰り返し行き来することで、気血水のバランスが乱れ、体に様々な不調が現れるのです。
気の消耗や巡りが乱れると、やる気の低下や疲れやすさにつながり、血の滞りはくすみやクマといった肌トラブルとして現れやすくなります。また、水のバランスが崩れると、むくみや重だるさを感じやすくなることも。寒暖差による冷えの裏には、こうした体内の「巡りの停滞」が潜んでいるのです。特に「血」の不足や滞りは、肌にさまざまな影響を与えると考えられています。血が不足した状態(血虚:けっきょ)では、肌の乾燥が起こりやすくなり、血の巡りが滞った状態(瘀血:おけつ)では、しみやクマが目立ちやすくなるといわれています。

植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.1
植物の力を東洋医学的な観点から紐解く ーVol.1

生薬としての植物の力

東洋医学では寒暖差からくる冷えに対して、気血を補い巡らせるアプローチを行います。血を補い巡らせる代表的な生薬にトウキがあります。トウキはトウキ(当帰)という植物の根で、古来より女性の身体や肌のケアに用いられてきました。気を補う代表的な生薬にはニンジン(オタネニンジンの根)やオウギ(オウギの根)があります。これらは栄養ドリンクなどにも使用されます。また、チンピ(ウンシュウミカンの果皮)やハッカ(ハッカの全草)は気の巡りを改善する生薬です。他にもケイヒ(シナニッケイの樹皮)やショウキョウ(ショウガの根茎)といった生薬は、体を温める働きをもっています。先人たちはこのような植物の力を借りながら、様々な不調に対応してきました。
漢方薬では、寒暖差や自律神経の乱れで生じる冷えに対し、加味逍遙散(かみしょうようさん)が使用されることがあります。加味逍遙散には先ほど紹介したトウキやハッカ、ショウキョウなどが配合されており、不足した「血」を補い巡らせ、「気」の産生を助け、滞りを解消します。

最後に

寒暖差のある季節に起こりやすい「冷え」は、単なる不快感にとどまらず、体調や美容にもさまざまな影響を及ぼします。これらの体のサインに耳を傾け、十分な休息、適度な運動、バランスのとれた食事で体調を整えることが大切です。さらに、東洋医学の知恵をヒントに、植物の力を上手に取り入れ、体の内側から整えていくことで、予測しにくい自然環境の変化の中でも健やかで美しい毎日を過ごすことができるのではないでしょうか。

女性の健康を助ける生薬「トウキ(当帰)」 女性の健康を助ける生薬「トウキ(当帰)」

上図:トウキ(当帰)の調製(はさがけ)の様子

下図:『経史証類大観本草』トウキについて

Tips 女性の健康を助ける生薬「トウキ(当帰)」

トウキ(当帰)は、セリ科(Umbelliferae)のトウキまたはホッカイトウキの根を、湯通ししたりそのまま乾燥させたりしたものが用いられます。

 

トウキ(当帰)の名前の由来については所説ありますが、出産のために里帰りしたお嫁さんが産後にトウキを服用して元気を取り戻し、婚家に「当(まさ)に帰る」ことができた、という逸話が当帰の語源になっているとも言われています。

 

さらに中国宋時代の本草書『経史証類大観本草』には、次のように記されております。

 

「主婦人胎産腹中冷痛、血氣不足、腸鳴洩下、皮膚甲錯、肌膚瘀黑、虛勞羸瘦、月水不調、崩中漏下、養血和血、補肝氣、調經潤燥、生肌續筋。」

意味:「女性が妊娠・出産に際して感じる腹部の冷えや痛み、血気の不足、腸の鳴動や下痢、皮膚の角質化による荒れ、肌のくすみ、慢性疲労によるやせ、月経不順や不正出血に用いられ、血を養い巡りを整え、肝の気を補い、経血を整え、乾燥を潤し、皮膚や筋肉の再生を助ける。」

 

このようにトウキ(当帰)には女性の体と肌のケアに用いられていたことが伺えます。

photo 植田翔 他

参考文献

・唐慎微撰, 経史証類大観本草, 国立古文書館デジタルアーカイブ
・原島広至著, 生薬単 : 語源から覚える植物学・生薬学名単語集 : ギリシャ語・ラテン語. 改訂第4版, 丸善雄松堂, 2024